富山県で働いている、あるいはいつかは働きたい方に向けて、最前線で活躍するリーダーや注目企業を紹介し、富山での新しい働き方を提案する『富山人材新聞』。
今回は、現在「富山県スタートアップコミュニティ」や起業家育成プログラム「とやまスタートアッププログラム in 東京」などを企画・監修されている、起業学の第一人者である熊野正樹先生に、「富山のスタートアップ事情」についてお話を聞きました!
富山に住んでいる、働いている方はもちろんのこと、今後富山で働く、住む、仕事をする、起業するなどに興味がある方、ぜひ読んでみてください。
〈聞き手=石原たいぞー(富山人材新聞編集長)〉
神戸大学 産官学連携本部 教授 熊野 正樹 1973年富山県生まれ。富山中部高校、同志社大学商学部卒業、同大学院商学研究科博士課程後期退学。博士(商学)。北陸銀行、コンサルティング会社、TV番組制作会社、 IT上場ベンチャーを経て2005年に起業。同志社大学専任講師、崇城大学准教授、九州大学准教授を歴任。2020年9月より神戸大学 産官学連携本部 教授。経済産業省「University Venture Grand Prix 2015」最優秀教員賞、内閣府「第2回日本オープンイノベーション大賞(2020)」文部科学大臣賞受賞。著書に『ベンチャー起業家社会の実現 起業家教育とエコシステムの構築』(ナカニシヤ出版)。 |
地元に仕事がないなら作ればいい。シリコンバレーに倣ったアメリカ型スタートアップ支援
熊野さんは銀行、TV番組制作会社、 IT上場ベンチャーを経て大学教授や起業家育成プログラムの代表を務めていますが、なぜこのような経歴に…!?
もともと私は富山県出身で、地元へ貢献したいという想いが強かったんです。そのため、北陸銀行に就職したのですが、多くの経営者をみて起業したいと思うようになりました。
そこで、銀行を辞めて起業することを志し、大学院でビジネスを学びながらベンチャー企業のIPOを支援するコンサルティング企業でインターンをすることにしました。
その後も、テレビ番組の制作をしたり、ベンチャー企業の経営企画部でM&Aや新規事業の立ち上げに携わったりと、経験を積み重ねながら「何がビジネスになるか」を日々考えていましたね。
ビジネスの世界で、本当に幅広い職種を経験したんですね。
そうですね。実業とアカデミックを往復した経歴が、現在の仕事に活きていると感じます。
最終的には博士課程で「起業家教育」と「スタートアップエコシステム」について研究していたことから、地方創生を目的とした実証実験を行うことになりました。
地方創生とは、若者の定住が鍵になります。
地方から若者が流出すると、子どももいなくなり、人口は減少し、少子高齢化が進みます。どんなに地元愛が強い人たちであっても、雇用先がないと地元を出るしかないんです。
確かにそうですね…
実際に学生から、「東京に就職するんです」と報告をしてもらうとき、嬉しさのなかにどこか「仕方がない」というようなネガティブな感情が混じっていたようにも感じました。
だからこそ、東京一極集中を是正して、地域における少子高齢化を少しでも解消しようとする動きを起こしたいな、と思ったんです。
地元に就職する場所がないのなら、自分たちで仕事を作ればいいんですよ。
なるほど。それで、スタートアップから地方創生を…!
イノベーションを生むことや雇用を生むことは、都市の存続のうえでとても重要なことなんですよ。
その第一歩として作ったのが崇城大学(熊本県)の日本初の大学公認の「起業部」で、その後、九州大学に移って「九州大学起業部」をつくりました。
起業部…ということは、中心となるのは大学生なんですか?
そうです。大学に支援の場を作った背景には、シリコンバレーの成功事例があります。
シリコンバレーはスタートアップの聖地として有名ですが、実は裏ではスタンフォード大学などが技術と人材をシリコンバレーに送り込みつづけているんです…!
裏でそんなことが!
シリコンバレーでは、このシステムにより、大学内外につねに優秀な卒業生が存在するという、非常に起業しやすい環境が出来上がっているんですね。
日本にもそんな仕組みが…?
そう。「起業部」の活動が全国的にも注目を集める中で、県庁や新田知事との話し合いを経て、富山での起業を促進する「とやまスタートアッププログラム in 東京」を企画し、運営しています。
「スタートアップが増えることで、その地域全体が活性化していく」という事例を日本で作るために、富山で取り組みを行っています!
なぜ「地方創生」にスタートアップが必要なの?
「地方創生」にもさまざまなやり方があると思うのですが、熊野さんはなぜ「スタートアップ」にこだわるんですか?
さまざまな課題の解決の緒になるからです。
スタートアップが盛り上がると、若者が地域に根付くようになります。そして、お金が地域で循環するようになります。すると、地域のお金が地域に投資され、リターンが返ってくるような仕組みができます。これを東京だけでなく、地方で行うことで、地方特有の課題解決、ひいては日本全体の経済の新陳代謝や少子高齢化対策に繋がっていくんです。
スケールが大きい…!地方で「スタートアップが盛り上がることで課題解決」というのは、イメージにありませんでした。
地方に限らず、日本は「失われた30年」と言われるように、経済が停滞しています。
日本はそもそも致命的に貧しくないので危機感もないのですが、世界規模で見ると凋落具合は凄まじく、国際競争力はトップから半分以下に落ちています。その打開策として、スタートアップが必要なのです。東京は世界の都市と競争しています。その意味で、地方よりも東京のほうが危機感を持っていると思います。
地方はもっとハングリーであるべきなんです。
地方に限らず、国全体の規模で捉えているんですね…!
そう。もはやスタートアップは「やったほうがいいこと」ではなく、「やらないといけないこと」。 だからこそ、行政や企業、金融機関が手を取り合って実現していくことが急務だと考えています。
たとえば、2012年に福岡市では、「スタートアップ都市宣言」という市長の強い呼びかけによって地元の若者や企業が盛り上がり、スタートアップの動きが生まれました。地場企業の新規事業担当者同士が連携を取り合ったり、スタートアップ支援を行ったことで、ステークホルダーが増えたんです。「九州大学起業部」もそのひとつ。
先行事例もあるんですね。
富山も、あらゆるスタートアップが興る県にしていきたい。そんな想いで始まったのが、「とやまスタートアッププログラム in 東京」です。
東京で起業を学び、富山で起業する。そのメリットとは?
「とやまスタートアッププログラム in 東京」は、富山のスタートアッププログラムでありながら、開催地は東京なんですよね…? これはどういうことですか?
理由は2つあります。
1つめは、地方に比べて東京のほうがスタートアップに知見のある人材が多いこと。2つめは、働き口を求めて富山から東京に出てきた人に向けて、「富山に働く場所がないなら、自分で作ればいい」という選択肢を持ってもらいたかったからです。
そのため、このプログラムには「東京で起業を学び、富山で起業しよう」というキャッチフレーズを掲げています。
となると、やはり参加者は富山にゆかりのある方が多いんですか?
7割が富山出身者、2割は家族が富山出身の方、残りの1割は何らかの理由で富山を好きになってくれた方です。
なるほど。ちなみに、僕自身が東京都出身というのもあるかもしれませんが、ぶっちゃけ東京じゃなくて、富山で起業するメリットってあるんですか…?
そうですね…
いま、富山県がスタートアップ支援に本気で取り組んでいる、ということが大きいですね。政策課題の一丁目一番地です。その主役になってもらいたいなと思います!
他はどんなメリットがありますか?
富山には豊かな自然や資源、そして物価が安いなどの、生活面でのメリットがたくさんがあります。
たしかに、東京はマーケットも大きいですし、正直なところVC(ベンチャーキャピタル)との接点も持ちやすいです。しかし、一方でプレイヤーが多く、注目されづらかったり、初期は豊かな暮らしが担保されなかったりします。
要するに富山では「起業のしやすさ」と「生活の豊かさ」を両立することができるんですよ!
確かに…!富山で心豊かな暮らしを送りながら起業するイメージが湧いてきました。東京は家賃も高いから、最初は極貧生活を強いられる可能性もありますよね!?
そういうことです。自分の夢も理想のライフスタイルも諦めたくない人には、チャンスだと思います。
それに加えて、今の富山には競合も少ないので、「イノベーターになるチャンス」がゴロゴロ転がっています。
それに、富山は、全国を見ても珍しい、県を挙げて「スタートアップが大事」だと言っている自治体です。最近では「富山県成長戦略会議」や「とやまスタートアップ戦略会議」で、スタートアップ育成への取り組みが加速しています。
これは、面白いことになりますよ!
た、たしかに!なんだかワクワクしてきました。
机上の空論ではない! 資金調達に重きを置いた実践重視なプログラム
富山での起業、めちゃくちゃ気になってきました…。実際に「とやまスタートアッププログラム in 東京」ではどんなことをやるんですか?
プログラム全体を通して、VCやエンジェル投資家に向けたピッチプレゼンの実践に重きを置いていることが最大の特徴ですね。何度も何度もブラッシュアップをするので、最初と最後でまったく違う事業になっていることも珍しくありません。
講義ももちろんやりますが、スタートアップの肝は「資金調達」なので、そこを重点的にやります。
実際にプログラムを受けた人で、起業された方はいるんですか?
はい、起業した人も数名いますし、プログラム3期では5〜6名がプログラム後に富山に移住して、現在起業準備に入っています。プログラムも回を追うごとに、どんどんレベルが高くなっていますよ。
とはいえ、「移住・起業・調達」を同時に行うのはウルトラCレベルの難易度なので、まずは自分に合ったビジネスや戦い方を知ってもらうきっかけにしてもらいたいです。
最終的には、「とやまスタートアッププログラム in 東京」を通じて富山にスタートアップエコシステムを創っていきます。
単にスタートアップをつくるだけではなく、富山にゆかりのある人や、富山で働きたい、起業したい人が住みやすい都市をつくることや、富山自体の魅力も高めることで、1人でも多くの当事者を増やしていきたいですね。
富山でのスタートアップを「都市伝説」で終わらせないために
ただねぇ…地方はどこもそうなのですが、富山県民にしてみれば、「スタートアップ」って都市伝説のようなものなんですよねぇ。
と、都市伝説…!
東京にいると、スタートアップやスタートアップで働く人が日常的にいるので、そういうライフスタイルはすごくリアルだと思うんです。一方で、富山では「スタートアップ」という言葉の意味を知らないか、せいぜい「テレビで見たことあるな」という認知度。
でも、いつまでも都市伝説のままになっていたらダメ! なので、当面の目標は、まずはひとり、“スター”を出すことが重要です。いつも仲良くしている人がスターとして出てきたら、スタートアップはすごく身近なものになり、スタートアップに関わる人の数も増えていくと思うんですよ。
たしかに。身近な人がやっていたら「自分にもできるかも」と思えますよね。
そう。だからこそ、何かビジネスプランを持った人に富山で起業してもらい、VCから資金調達をして、スタートアップに挑戦していくこと。そして、そんな人たちが小さなスタートから始めやすい環境を作ることが、僕の使命だと思っています。
そこで、今回「とやまスタートアッププログラム in 東京」では新しい試みをします。
おお!
これまで「とやまスタートアッププログラム in 東京」は東京限定で開催していたのですが、今回から富山の枠を設け、東京と富山をオンラインでつないで同時開催という、初の取り組みを行います。
「富山で起業したい!」「富山が好き!」という方、ご参加お待ちしています!
ともに富山の未来を作っていきましょう!
ありがとうございました!
「とやまスタートアッププログラムin東京」説明会を開催します
スキルとキャリアを活かして、富山県で起業&スタートアップを目指す方を全力応援するための起業家育成プログラム第4期を、2022年7月より実施します。富山県出身である起業家教育第一人者の神戸大学 産官学連携本部 熊野正樹教授による監修のもと、起業家、有識者、スタートアップ業界で活躍する各分野の講師が指導します。
受講を希望される方、もっと詳細が聞きたいという方は、以下の日程で開催する説明会に、ぜひ説明会にご参加ください!
・第1回日程:
6/4( 土) 13時 ~ 14時30分 @SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)(渋谷スクランブルスクエア15階)
▶申込みはこちら
・第2回日程:6/12(日) 19時 ~ 20時 オンライン
▶申込みはこちら
・プレイベント:
6/19(日) 19時 ~ 20時30分 ウェビナー
▶申込みはこちら
・参加方法:
チケットサイトPeatixにて無料チケットをご入手ください。オンライン説明会の参加URLをご案内差し上げます。
▶エントリーはこちら!
取材・撮影=石原 たいぞー(富山人材新聞編集長)(@taizojp)
文章=高尾 有沙(@arisa_takao)
編集=いしかわ ゆき(@milkprincess17)
デザイン=井上初音