「くすりの富山」と呼ばれ、医薬品の強い地域としても有名な富山県。人口あたりの医薬品生産額、製造所数、そして従業者数は全国で1位を誇っています。
1958年に創業した「前田薬品工業」も富山を支える製薬会社のひとつ。しかし、他の製薬会社と比べると、かなり前衛的な働き方改革を推進しているようです。
医薬品メーカーの常識を覆すような事業展開を支える、仰天の組織戦略とは何なのか。その真相を探るべく、我々は富山の奥地へと向かったのであった…。
前田 大介(前田薬品工業株式会社 代表取締役社長) 同志社大商卒。会計事務所勤務を経て、2008年、29歳で前田薬品工業株式会社に入社。2013年には専務に、2014年に代表取締役社長に就任。地域に調和しつつ、革新的であり、人々を笑顔にするモノコト空間を持つAmazingカンパニーを創り上げることを将来の夢に持つ。 |
「思考停止」状態の組織に切り込んだ、4つの改革
実は、「富山のはたらく」にフォーカスする『富山人材新聞』として、絶対にお話を聞いておきたかったのが前田さんなんです。何でも製薬会社としてはかなり前衛的な働き方改革をしているとか…!
それは嬉しいですね。でも、ここに至るまでにはもう…本当に…いろんなことがありまして…(遠い目)
一体何が…
僕はもともと、29歳まで会計事務所に在籍して、各会社の数字を監査し、正しい数字情報をステークホルダーに見せたり、経営戦略を考えたりする仕事をしていました。
しかし、実際に自分が社長に就任して経営を考える立場になると、外からアドバイスするのとはまったく異なる環境であることを痛感することになりました。
会計事務所時代には、周囲には似たような経歴の方ばかり。でも、前田薬品工業で働く方たちは、経歴も大事にしているものも本当にさまざま。理系と文系、得意と不得意が入り交じり、まるで動物園のようでした(笑)。
動物園…個性の強いメンバーたちが集まっていたと。
しかも、僕たちの業界には薬機法があるので自由度の高いものづくりができない。制約のあるなかでいかにみんなを一枚岩にして成長させていくのか、という壁にいきなりぶち当たったんです。
これまであったものを維持していく志向がものすごく強く、新しい発想や、ゼロから何かを作るような風土がありませんでした。手順・効率・レギュレーションの概念のなかで、いわば思考停止してしまっている状態でしたね。
そんな状態から、どのような変革を起こしていったんですか?
大きく分けると「年齢給の廃止」、「縦割り組織の解体」、「副業解禁」そして「フレックス制の導入」です。
まず、若手でも実力のある人がきちんと権限や報酬を得られるように、長らく染み付いていた「年功序列」や「年齢給」をなくしました。
年功序列を是としている社員にとっては、突然の変化に戸惑うこともあったのでは…!?
かなり混乱が起きていましたね。ただ、反発だけではなく、納得する声も少なくありませんでした。年齢と実力が必ずしも比例するわけではないことは本人たちが1番理解していますし、長年ずっと管理職だった方からは「重圧から解放された」という声もありました。
3年間ほどは移行措置の期間を設け、全社員の前で、「どうしてやるのか、本質的な価値は何か」ということを丁寧に伝えることで、徐々にメンバーに浸透させていきました。
「ジョブローテーション」の導入が、会社全体の最適解「新規事業」の実現に
次に行ったのが「縦割り組織の解体」です。僕は、組織に「見えない壁」を作りたくなかった。そのためには、縦割りではなく、「横串を刺せる人材」が必要だと思ったんです。
そこで、これまでは積極的にやっていなかった部署異動を2〜3年に1回に増やし、1人あたり少なくとも2つは、異なる性質の部署に配属するようにしました。製造から、品質、企画営業から総務経理…とぐるぐる回るようにしたのです。
いわゆる「ジョブローテーション」だ…! 実際に効果はありましたか?
もちろん、部下にしてみれば「何もわからない人がきた」となるわけですから、足掛け5〜6年は現場も大変そうでしたね。
でも、結果的に当社の管理職は1人4つ程度の部署を経験したことで、自分の部署だけのエゴにならず、会社全体での全体最適解が自然と実現するようになりました。 すると、新しい事業が生まれるようになったんです。
す、すごい…! 組織改革によって、事業が多角化したんですね。
まさにそうです。組織にとっての最適解として、従来の製薬事業だけではなく、化粧品事業が加わることになりました。比較的レギュレーションが緩和され、工夫やアイデア次第で現代的なものづくりが出来るようになったことで、そこからさらに、アロマオイルの抽出をやろう、畑を作ろう、レストランを作ろう…と事業がどんどん広がっていったのです。
他の事業をやることで、製薬業界では出会わなかった人と出会うことになります。それにより、さらに違う領域に拡大していく、という連鎖が起きたんですね。
「フリーアドレス」「フレックス」「副業解禁」…社員のクリエイティビティを高める仕組み
組織改革に伴って新規事業が生まれたのなら、逆に、新規事業に伴ってできた組織のルールもあったりするんですか?
化粧品業界は、ゼロから生み出す必要がある、かつ競争の激しい領域なので、それに伴って「副業解禁」「フレックス制度の導入」など、さまざまな変化が起きていきました。
弊社は社外の副業だけではなく、社内の副業制度もあります。営業とコーポレート、製造機械と接客など、複数の業務を掛け持ちして、労働基準法の範囲内で土日にバイトとして入る社員もいますね。
また、タレントシェアの観点でも、副業を推奨している会社同士で社員をプールして、繁忙期などにうまくマッチングさせていきたいなと思い、現在5社を取りまとめています。会社の人手不足の解消やコスト削減は双方にとって良い、まさに「三方良し」ですから。
かなり流動的な働き方になっているんですね。
工場勤務の方は難しいですが、コロナ以降はリモート化も一気に進みましたね。とはいえ出社したいメンバーも多いので、他の部署とも混ざれるようにするために、社内をフリーアドレス制にもしました。僕は、クリエイティブな領域のメンバーには、ずっと「旅」をしていてほしいんですよ。
旅…ですか!?
会社にいることは安心かもしれないけど、そこに留まっていては何も生まれない。だから、社員に対しては繰り返し、「いい仲間と出会うことが大事」と伝えています。実際、今どこにいるか分からない社員もいます(笑)。
経営者と学生の交わる場「裏門」や「トヤマズカン」で採用を促進!
事業拡大していくなかで、課題となるのが「採用」だと思います。前田さんは「採用」に関してどのような戦略を打っているんですか?
まず、新卒一括採用はやめました。合同説明会にも出ませんし、大手新卒向け求人媒体にも載せません。さまざまな事業が知られていることや、「8年連続増収」というのがフックとなり、労せず人が集まるようになっているのでありがたいですね。
続いて、2022年4月には全面的に「ジョブ型」にして、職種と等級を分けてミッションを明確にする予定です。未来の姿から逆算して現在の仕事のバリューを算定する「バックキャスト」を導入していきます。今後はマーケットインで人事制度を設計していかないと、なかなか人材を採用することは難しいと考えています。
なるほど。大きな変化ですね…!
あとは、当社の従業員を採用することが目的ではありませんが、富山全体の採用や「はたらく」を良くするために、富山の企業と学生をつなげる、『裏門』というバーをやっています。
「裏門」…ですか?ちょっと怪しい響きですが…何をしているんですか?
実は、富山の大学では、合同説明会に富山の企業が全然来ないらしいんです。実際に、学生の6〜7割が県外に流出しています。富山には経営者にアクセスする方法がないし、面白い企業がないと思われている。富山の企業からすれば、富山大学の優秀な学生をみすみす取り逃しているわけです。
そんなもったいないことが…
「裏門」の目的は、国公立大学のなかで、富山大学がスタートアップ輩出で“6年連続ワーストワン”であるのを何とかすること。そのために必要なのは、「学生と経営者の交流」です。
「裏門」では実際に、企業経営者がピッチすることもあれば、学生と経営者が一緒になってプロジェクトをやることもあります。たとえば、南富山で路面電車の開通1周年イベントに合わせて飲食店のコラボ屋台を企画しております。面白い屋台街を創りたい学生とのマッチングができたのです。
実際に事業が生まれているんですね…! 運営で意識されていることはありますか?
忌憚なく、同じ目線で議論できるような場作りですね。フラットに話し合うことで、「富山面白いじゃん! 面白い経営者・企業があるじゃん!」となれば、現状は変わっていくと信じています。
なるほど。
自社だけではなく、富山全体の採用を抜本的に解決する取り組みが多いんですね。
これはなにも弊社に閉じたことだけではなく、全国の各地域にチイキズカン連盟が既に立ち上がっており、人材の流動性をもたせることで地域課題を解決して、旅するように働きたい人を融通したいと考えています。大手求人媒体では実現できないことをやっていけたら嬉しいですね。
「旅するように働きたい人」には朗報ですね! 続く後編では、今後の事業展開についても、お話をお伺いしていきます。